遠くに住む子が親の闘病に通うとき|大阪から通った長男の体験
遠くに住む子が親の闘病に通うときは、長く続く前提で、続けられる交通費の予算と、後半に増える回数と滞在に対応できる仕事の段取りを考えておきます。わが家は、最初は月1回・2〜3日、後半は月2回・4〜5日、大阪から東京に通いました。
この記事の要点
- 最初は月1回・2〜3日の滞在、後半は月2回・4〜5日の滞在に増えた
- 交通は格安の航空券か夜行バス。長く続く前提で交通費を抑えた
- フリーランスでパソコンで仕事ができたので、滞在中も仕事を続けられた
大阪から、月に何回帰る?
最近帰ってこないと電話してきた母に、長男は父の闘病中にどう通ったかを思い出します。




セリフを文字で読む
- 1コマ目
- ハナ:最近ちっとも帰ってこないじゃない
- ケン:月1回は帰ってるやん!
- 2コマ目
- ケン:父さんのときは、格安の飛行機か夜行バス。後半は月2回になったな
- 3コマ目
- ケン:長く続く前提で交通費の予算を決める。パソコンでできる仕事なら、帰省中も働ける
- 4コマ目
- ハナ:じゃあ帰ってきたら、肩もみもお仕事ね!
- ケン:…それは無給やろ
漫画:親のこと帳編集部。登場する人物・団体はフィクションです。漫画の画像はCC BY 4.0で提供しています。
親が重い病気になったとき、遠くに住む子は、毎日そばにいることはできません。どのくらいの頻度で、どうやって通うか。交通費と仕事をどうやりくりするか。
父が膵臓がんと分かってから最後の二ヶ月を緩和ケア病棟で過ごすまでの1年半、僕は大阪から東京の実家に通いました。この記事では、遠くに住む長男がどう通ったかと、通い方を決めるときに考えておきたいことをまとめます。
わが家の場合:大阪から月に1〜2回通った
最初は月に1度、2〜3日の滞在
父が膵臓がんと分かってからは、月に1度くらいのペースで東京に通いました。1度行くと2〜3日滞在し、それを毎月続けました。
格安の航空券がなければ夜行バス
交通手段は、格安の航空券があれば飛行機、それ以外は夜行バスでした。長い付き合いになると覚悟していたので、交通費に無駄づかいはできませんでした。
後半は月に2回、4〜5日の滞在に
父の病状が進んだ後半は、月に2回ほど通うようになり、1度行くと4〜5日滞在しました。
パソコンでできる仕事に助けられた
僕はフリーランスで、パソコンがあれば仕事ができます。東京に滞在している間も、仕事を止めずに続けられました。このときほど、パソコンでできる仕事をしていてよかったと感じたことはありません。
通い方を決めるときに考えておきたいこと
長い付き合いになる前提で、交通費の予算を決める
親の病気は、どのくらい続くか分からないことがあります。わが家のように1年半続くこともあります。最初から無理な頻度や交通手段にせず、続けられる予算を決めておくと、後半に通う回数が増えたときにも対応しやすくなります。
後半は、通う回数も滞在の長さも増えると考えておく
わが家では、病状が進むにつれて、月1回・2〜3日の滞在から、月2回・4〜5日の滞在に増えました。最初の頻度のまま最後まで続くとは限らないので、仕事や家庭の予定に余裕を残しておくと安心です。
仕事をどう続けるかを考えておく
僕はフリーランスで、パソコンで仕事ができたので、滞在中も仕事を続けられました。会社で働いている場合は、介護休業や介護休暇などの制度が使えることがあります(仕事と介護)。
近くに住む家族の負担を、遠くの子がどう支えるか
遠くに住む子が毎日そばにいられないぶん、近くに住む家族の負担は重くなりがちです。わが家では、自宅での看病は母と訪問介護で続け、看る側の負担が大きくなったところで、父は緩和ケア病棟に移りました。緩和ケア病棟に移ってからは、母と僕たちきょうだいで交代で毎日お見舞いに行きました。
よくある質問
遠くに住んでいて、どのくらいの頻度で帰ればいいですか?
決まった正解はありません。わが家では、最初は月1回・2〜3日の滞在で、病状が進んだ後半は月2回・4〜5日の滞在になりました。続けられる予算と仕事の都合を考えて、病状に合わせて増やせる余地を残しておくと安心です。